時計塔の鬼
デジャヴだった。
既視感のある、トラックのブレーキ音と、人が跳ね飛ばされる音。
瞬く間に、道路に紅い水が広がり、紅い海になった。
身じろぐこともできないまま、俺は紅黒い海に沈まされ、溺れる。
喉がひきつれたかのように、浅い呼吸ばかりを繰り返す。
息を上手く取り込めない。
……苦しい。
霞む目を精一杯に見開いた。
朱の海に広がる、夕枝の黒い髪。
赤と黒との対比が、いくら拒絶しようとしても、抗っても、目に入ってくる。
凄絶な光景が、目の奥に刻み込まれる。
“忘レルナ”
それは、戒めの言葉。
彼女は秒針よりも速く、色を失っていく。
指に始まり、次に顔、そして体中から、夕枝の色が失われていく。
一秒一秒、時計が時を刻む毎に、次々と力が抜けていく華奢な女の姿。
駆け寄りたくても、駆け寄れない。
近付きたくても、近付けない。
“囚ダカラ”
俺は、時計塔の鬼だから。
動けない俺を嘲笑うかのように、彼女の瞼がそっと……その瞳を隠した。