イジワルな恋人


「地元にいたんじゃつらそうだったから、気分転換にって俺がこの街に呼んだんだ。

水谷がここのバイトにいるって分かると、すぐにここでバイト始めたいって言い出してさ……。

多分、水谷がどんな子か見たかっただけだと思うけど。

一緒に働いてるうちに事件を思い出して……、勝手に憎んでたんだろ」


初めて聞く佐伯さんの事情に……、唇を噛みしめる。

どうしょうもなく苦しくなった胸が、痛かった。


「俺も……美沙の気持ちも分かるし、今までは多目に見てた。けど今回の事は限度を超えてる。

桜木の事も聞いたよ。それでさっき美沙の親と話して決めた」


店長はうつむいたままの佐伯さんに視線を落とす。


「美沙、明後日両親が迎えにくるから帰れ」


その言葉に……、佐伯さんは何も言わなかった。

ただ、肩を震えさせて泣いていた。


静かな部屋に小さく聞こえる佐伯さんの泣き声が、あたしの胸を余計に苦しくする。


「水谷、こんな話の後で悪いんだけどさ、店内入ってもらえる? 

今日バイト少なくてさ。悪いな」


店長の笑顔に、あたしも必死で笑顔を作った。

そして部屋を出ようとして……、佐伯さんを振り返った。


「……佐伯さん。あたしは……、同情なんか欲しくなかったよ。

……家族が生きてれば、それだけでよかった……。

佐伯さんがつらい思いしてきたのはよくわかったけど……、あたしだってずっと悩んできた。

……佐伯さんに負けないくらい、苦しかった。だから……謝らない」



そう言ってドアを閉めた。

佐伯さんに、同情する部分もあった。

正直、気持ちが分からなくもない。


だけど……、だからって、人の弱みに、人の傷に……、

触れていいわけじゃない。


『被害者ぶるのもいい加減にしてよっ!』

……なりたくて、『被害者』になったわけじゃない。


我慢してた涙が溢れた。



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