イジワルな恋人
「……何言ってんの?」
「あたし……、あの事件の後しばらくの間は『死にたい』って思ってた……。
毎日、その事ばかり考えて……早く、お父さん達のところに行きたかった。
1人ぼっちだと思ってたから……それに、絶えられなかった」
佐伯さんの持つカッターが小刻みに震えているのを、ぼんやり見つめていた。
人通りの少ない道に、川の流れる音が聞こえる。
「だけど……おばあちゃんに止められた。
今の佐伯さんみたいにカッターを持って震えているのを見られて……叩かれた。
『もう家族を失うのは嫌だ』って……」
佐伯さんは、右手で持っていたカッターに左手を添える。
それでも震えは止まらなかった。
「おばあちゃんは……、おじいちゃんにも先立たれて、お母さん達まであんな事になっちゃって、もう……あたししかいないの。
おばあちゃんがあんなに大事に思ってくれていたのに、あたしは……家族がいなくなっちゃったって……1人だって……勝手に思いこんでた。
おばあちゃんだって、あたしの家族なのに……」
佐伯さんの顔を見つめる。
緊張と興奮でか、佐伯さんの顔が青ざめていた。
「『死ぬ』なんて言葉、簡単に口にしちゃいけない言葉だって……おばあちゃんに言われて気付いた」
「……じゃあ、なんでアンタ、『いいよ』なんて……」
佐伯さんが青ざめた顔であたしを見る。唇も少し震えているみたいだった。