イジワルな恋人
「キレイ事言わないんでっ! 自分が亮くんに救われたからって……」
「じゃあ、どうすればいいのっ?! あたしが経験した事しか、あたしには教える事ができないよ。
キレイ事に聞こえるかもしれないけど、あたしにはそれしか言えな……、」
「あたしにはっ、アンタみたいに傍にいてくれるような人がいないのっ!
みんな、あたしよりアンタを選ぶの……」
地面についた手でカッターを握りしめながら、佐伯さんが涙を流す。
佐伯さんの言葉に……、さっき疑問に思った名前が浮かぶ。
『智也』
誰……?
……もしかして、
「だから……、やっぱり消えてっ! アンタが消えれば……、智也だってあたしの事っ……」
再び向けられたカッターに、一歩後ずさった。
カッターは、あたしの胸元から50cmくらいのところで、小さく震えていた。
「だからって……、
川口と同じことするの……?」
震える声で口にした名前に、佐伯さんが目を大きく見開く。
「川口のせいでつらい思いしてるのに……っ、
佐伯さんは今、その川口と今同じことしてるんだよっ?!
あたしを傷つけて……本当の加害者になるの……?」
佐伯さんの大きな目からは涙がこぼれて……、呆然とした表情を浮かべながら首を横に振る。
「違う……、違うっ……!!」
佐伯さんの震えはさっきよりも大きくなって……、
完全に取り乱しているように見えた。
それでもカッターはあたしに向けられていて、鋭い刃先が光っている。