イジワルな恋人


どうしよう……。


焦りと恐怖が混ざる。それでもどこかに冷静な自分がいて。


……佐伯さんを止めようとしていた。

止めてあげなくちゃって思う自分がいた。

……っ、佐伯さんごめんっ!


「きゃっ……!!」

「美沙!!」


佐伯さんの手元を蹴り上げて、カッターが宙に浮いた瞬間……、

佐伯さんを呼ぶ力強い声が聞こえた。


「美沙!」


呼んだのは……店長だった。

息を切らした店長が、佐伯さんに駆け寄る。


「何やってんだよっ! 家にも帰らないで……いつまであの事件にこだわってんだよっ! 水谷にまで迷惑かけて……」


店長が、座り込んだ佐伯さんの横にしゃがみこむ。

そんな店長を、まだ震えの残る佐伯さんが睨みつけて……。


「……一番言いたいのはそれでしょ?! 

いつも……、いっつも水谷さんの事ばっかり気にしてっ! 

あたしなんかっ……誰にも必要とされてないっ! だからっ……」


不意に佐伯さんの言葉が止まる。店長が……、佐伯さんを抱き締めたから。


「……そんなことないよ」


店長の一言に……佐伯さんの目から涙がこぼれ落ちる。


「だって家に帰ったって、誰もあたしのことなんか……」

「じゃあ俺んとこいればいいよ。ずっといていいから……」

「やめてよ!」

声を荒らげた佐伯さんが、店長を突き離す。


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