その手に触れたくて

Γだから言っただろ。隠してまで美月と付き合いたくねぇって」

Γ…でもっ、」

Γ隠し事はいつかはバレる時がくんだよ。前にも言ったけど、美月の兄ちゃんはちゃんと筋を通さなきゃいけねぇ人で、響さんを甘く見る事なんてできねぇ」

Γ…だからって、自分を押し殺して悩むくらいなら辞めなよ。あたしはそんな隼人を――…」


“見たくない”って言おうとした瞬間、隼人が勢い良く立ち上がった所為であたしの口は咄嗟に紡ぐ。

ちょっと強張った顔をして立ち上がった隼人に何だか分からない寒気が走った。


隼人が見つめる方向に誰が居るのかは見なくても分かる。あたしの横を通り過ぎて足を進めて行くその場所に誰が居るのかは見なくても分かる。



あたしの背後にはお兄ちゃんが居る――…



Γ…響さん!!」


少し声を上げて叫んだ隼人の声が静まりかえった暗闇に響いた。

ピリピリとするこの空気とハラハラするこの胸騒ぎが自棄に気に食わない。寒さなんてぶっ飛びそうなくらい身体が熱くなっていく。

隼人の足音が自棄に背後から聞こえ、その足音がお兄ちゃんの方向へと向かって行くのが分かる。

ガチャ…っと自棄に響いた玄関のドアの音が耳に届き――…


Γお願いします。俺と美月――…」

Γお前と話す事はなんもねぇ」


2人の居心地の悪い会話が背後から聞こえた。

ガチャっと開いた玄関のドアが聞こえた限り、お兄ちゃんは今からまさに家の中に入ろうとしているんだと思った。


だからかもしんない。

いつもだったら目を閉じてじっとしているのに、隼人が言った言葉を無視して行くお兄ちゃんが許せなかったからなのかもしれない。


右手に力拳を作って俯いていたあたしは勢いよく振り返って、目の前に見える家まで走ってた。


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