【短編集】時空郵便
「どこだ!」


青年が叫ぶ。


屋上には誰もいない。


風が吹いている。

遠くで車の音が聞こえる。

室外機の低い音。

ネオンに薄められた星空。


それだけだった。


「おい!」


青年は辺りを見回す。


「どこにいる!」


返事はない。


俺は少し遅れて屋上へ出た。


間に合った。


そう思った。


ここに誰もいないなら。

こいつは誰も助けない。

誰も助けなければ。


こいつは死なない。


「……よかった」


思わず口からこぼれた。

青年が振り返る。


「何がですか?」

「いや……」

「何がよかったんだよ!」


青年の声が響いた。


俺は何も言えなかった。


青年はもう俺を見ていない。


「おい!」


誰もいない屋上に向かって叫ぶ。


「いるんだろ!」


風が抜ける。


「出てこいよ!」


誰に言っている?


「ふざけんなよ……」


青年の拳が震えていた。


「なんでいねぇんだよ!」


手すりを殴る。


鈍い音がした。


「せっかく……」


青年の声が震える。


「せっかく俺にもできると思ったのに……!」


何を。


「最後くらい……誰か一人くらい助けられると思ったのに!」


俺は息を呑んだ。


青年は空に向かって叫んでいた。


「ふざけんな!」

何度も。

何度も。


「だったらなんで俺をここに来させたんだよ!」


誰かを罵っている。


ここにはいない誰かを。


「なんで期待させたんだよ!」

手すりを殴る。


「俺にだって一つくらいできるって!」

また殴る。


「最後くらい胸張って死ねるって思ったのに!」


――死ぬ?


青年が何を言っているのか。

その意味が。

ゆっくりと俺の中に染み込んできた。


最後。


胸を張って。


死ぬ。


「……お前」


俺の声に青年が振り返る。


その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


「最初から……死ぬつもりだったのか?」


青年は答えない。


「誰か一人助けて、それで満足して死ぬつもりだったのかよ」


俺の中で何かが切れた。


「ふざけんなよ」


青年の眉が動く。


「何が?」

「ふざけんなって言ってんだよ!」


気付けば青年の胸ぐらを掴んでいた。


「誰かを助けたら死んでいいのかよ!」

「離せよ!」

「助けられた奴はどうなる!」

「知らねぇよ!」

「知らねぇで済むか!」


青年が俺の腕を掴む。


「てめぇが勝手に満足して!勝手に死んで!残された奴はどうすりゃいいんだよ!」


青年が俺を突き飛ばした。


「うるせぇ!」


背中が壁にぶつかる。


「じゃあどうすりゃいいんだよ!」


青年が叫ぶ。


「何もねぇんだよ!」

「だからって!」

「誰もいねぇ!家族も!待ってる奴も!俺が明日いなくなって困る奴なんか一人もいねぇんだよ!」


「だから誰か一人くらい助けたかったんだよ!」


青年の声が裏返った。


「一個くらい!俺が生きてた意味が欲しかったんだよ!」


知らねぇよ。


そんなの。


そんなのお前の都合だろ。


誰かを使って。

勝手に意味を作って。

勝手に満足して。


死ぬ?


「ふざけんな!」


俺は青年に掴みかかった。


「お前みたいな奴に助けられる奴の気持ち考えたことあんのか!」

「知るか!」

「こっちは頼んでねぇんだよ!」

「俺だって頼まれてねぇよ!」


腕を掴む。

振り払われる。

押す。

押し返される。


どっちが先に殴ったのかも分からない。


「てめぇなんかに!」

「離せ!」


もつれ合う。


足が絡まる。


青年の背中が手すりにぶつかった。


「っ!」


身体が傾いた。


「あ――」


俺は咄嗟に青年の腕を掴んだ。


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