最期のYou Got Maile
強い人
 病魔は確実に私の体を蝕んでいた。鈍器で殴られるような激しい頭痛は、日に日に回数を増している。
 あれから一ヶ月、彼から連絡はない。私が、彼を突き放したからだ。
 一人きりになった部屋が、やけに広く感じられるように思うのは、おそらく、私の心の中に、ポッカリと穴が空いてしまったからだろう。
 もしかしたら、彼から何通かメールくらい来ていたかもしれないが、パソコンの電源もつけていないので解らない。
 最近、私は身の回りの物を整理した。部屋にあった家具という家具は殆ど捨てた。あっても、死んでいく私にはもう必要のない物だからだ。
 ガランと広くなった部屋は、そのまま私の心と重なった。
 何もない、ガランドウ。あるのは、ただ空虚な隙間ばかり。
 私は後悔なんてしていない。むしろ、もっと早くこうしなかった事に対しての後悔ならあったくらいだ。
 一人でいて怖いと思うのは、あの急激な痛みに襲われるという事ぐらいだろうか。医師に処方された薬も量を足しても効かなくなっている。
 昨日、久し振りに病院に行って来た。あいかわらず、担当医は難しい顔で、レントゲンを見ながら眉間に皺を寄せていた。
「思ったより、進行が早い」
 私よりも、医師の方が苦しそうに、病状の悪化を説明してくれた。
 私が抱えている脳腫瘍は、今は様々な場所に転移し、一年どころか、三ヶ月持たないと診断された。
「最後に、会いたい人がいれば…」
 気を利かせたつもりか、医師が最後通達を私に押しつけ、その日の診察は終わった。
「最後に会いたい人か…」
 『会いたい人』と言われて、私が真っ先に浮かんだのは、彼の顔だった。そんな事、出来る筈がないのに…。
 病院の会計で薬を受け取り、家路を帰るだけの道のり。会社は一週間前に辞めてきた。私は延命手術を受ける事を拒否したので、医療費にそれほどお金がかからないかと思っていたが、これがなかなかどうして、意外にかかるものである。幸い、田舎の母の言いつけで、生命保険と癌保険だけは入っていたので、それで困る事はなかった。
 
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