白桜~伝説の名刀と恋の物語~【完】
しかし、井戸の中に人が飛び込んだ形跡はなかった。
おそらくは、常篤が浴びた返り血を井戸の水で洗ったのであろう。
紗枝はそれに気付くと、今度はあわてて、屋敷の中へ飛び込んだ。
「常篤様!常篤様!」
いつも常篤がいる部屋の戸を開けると、そこには綺麗に折りたたまれた着物と、白桜の刀が整然と置かれてあった。

(もう・・・もう二度と会えないのですか?)
紗枝は心の中でその言葉を繰り返した。
「いや・・・いやっ!!」
紗枝が屋敷を飛び出す。
(常篤様・・・もう一度だけ私を抱きしめてくださいませ!)
夢中で走った紗枝がたどり着いたのは・・・『あの場所』であった。
毎日、ここで常篤が一身に剣を振り、そして、水面に自らを写し、たたずむ。それを遠くで見つめていると、不思議と穏やかな気持ちになれた。…あの川原である。

紗枝の瞳からまたはらはらと涙が流れ落ちる。
(常篤様…もう一度だけ私を抱き締めて下さいませ。それで私は一生強く生きていけまする…)
もう一度心の中で願いを口にしながら、紗枝はゆっくりと川原へ降りていき、その今も変わらぬ清流に身をうつした。

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