ジェネシス(創世記)
「俺」はただの人間だ。だが遠い未来、ローマ人たちは宗教会議を開いて、人間である「俺」を神聖化して、「救世主・神の子」として聖書に書き換えるであろう。

「俺」を「神の子」と見立てるために、真実を封じ込めて、事実を捻じ曲げる。悲しいことだ。今の俺には、どうすることもできない。

 あの「契約の箱」を開封し、聖書の絶大なる力を発揮できるのは、「俺」ではない。正統な救世主だけだ。

「主」から選ばれた、救世主だ。あの「契約の箱」を開封できれば、アカシックレコードを通じて、「旧式の契約の箱」を使用することができる。

荒れ野にあった「契約の箱」は、どうなったことであろうか。きっと、ローマ人が祖国に持ち帰って保管していることであろう。そう願いたい。

モズの本物の石板は、もうどうなってもよい。「聖書」だけは、大切に保存しておいてもらいたい。未来に登場する「救世主」のために、保存しておいてくれ。

あの書籍には、ユダ人の歴史だけを記録しているわけではない。破棄されたら、新たな「来世の宇宙」が創世されない。前世と同じ宇宙が、繰り返されてしまう。

もし、「主」が己の目的のために、全人類を抹殺するようなことがあれば、将来現れる救世主は、「主」に戦いを挑まなければならない。

「現世の宇宙」では勝てなくても、「来世の宇宙」を支配できれば、「主」を抹殺することができる。

この「俺」が、「主」になれるのであれば、何度でも生まれ変わってやる。「聖書」の内容を書き換えて、「来世の宇宙」で「主」となる。俺は「神の子」でもなければ、「救世主」でもない。俺が、「主」だ。

「俺は、ここにある」

●「第十章 結束のとき」へと続く。
< 237 / 375 >

この作品をシェア

pagetop