しずめの遭難日記
変に略さないでよね!」
 私がそう言うと、女は「ごめんなさい」と言って口をつぐんだ。
 まったく、いい気味だわ!
「しずめ。お母さんになんて口の聞き方をするんだ?」  
 父は私の態度を不満に思ったのか、隣りの女の事を叱らずに私を叱る。
 私は、そんな父の態度も気に入らなかった。
「そんな女!お母さんじゃないもん!」
 私はそう叫んで口をつぐんだ。
 父はそんな私を凄い顔で睨んだが、私は無視を決め込んで、窓の外に流れる景色を眺めていた。
「鍛治さん。いいんです。それより、鍛治さんの実家は高速を降りてどれくらいの場所にあるんですか?」
 女は力無く笑うと、父をなだめるように、これから向かう父の実家、南信州にある阿南町の話をせがんでいた。
「神楽…………」
 父と女は見つめ合うと、何か言葉ではない言葉で会話しているように見え、私は一層気分を悪くした。
「お父さん!前向いて運転しないと危ないよ!」
 いつまでも見つめ合っている父と女に、私がそう言ってやると、父は慌てたように正面を向き直り、女もばつの悪そうな表情になった。
 まったく、いい気味だわ!
 中央道の車の旅は、約3時間。途中何度も休憩をとったので私にはそれ以上の時間、車で揺られていた気がする。でも、一番の原因は、あの女がいる事だ。あの女が私の新しいお母さん?冗談言わないで!私にとってお母さんはたった一人だもん!お父さんはなんで、あんな女をお母さんって呼ばせようとするのかな?
 私の疑問を知ってか知らずか、父の運転する車は目的地に向かってひたすら走った。そう…運命の、その時に向かって………。
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