しずめの遭難日記

決断

  ―3月2日―
 私達が山に入って既に十日が経ちました。
 昔、父が雪山を語る時にいつも言っていた言葉がありました。父は、雪山の美しい写真を広げては、その美しさを私に語り、そして最後にこう付け加えました。
「どうだ?しずめ。雪山は綺麗だろ?でもな、雪山はこの美しい姿の中に悪魔を飼ってるんだ。白い、美しい悪魔をな。人間は時折その誘惑に負け、この悪魔の虜になっちまう。だから、雪山には細心の注意が必要なんだ」
 今日、僅かに残っていた食料が全てなくなった。雪を溶かして飲み水にしようとしても、すでに火を焚く燃料すらない。
 洞窟の外では、ようやく吹雪がおさまりかけてきたようです。
 明日、このまま吹雪がおさまりそうなら、私は山を降りてみようと思う。ここで待っていてもおそらく助けは来ないだろう。ならば、1%でも確率がある方を選ぶのだ。この日記はこの場所へ置いていく事にする。もし、誰かがこの日記を見つけたのなら、私達が、ここで確かに生きていたという証しになるだろうから…。
 最後に、もしお父さんがこの日記を見つけて、私がいなかったら、その時は言いつけを守らなかった我が儘な娘をどうか許して下さい。そして、今更もう遅いけど、お父さんと神楽さんの事、認める事にします。今度、三人で、また食事へ行きたいな。お母さんの事は忘れて欲しくないけど、きっとお父さんはお母さんの事を忘れてないと思うから。
 そして、もし、神楽さんがこの日記を読んでたら、ごめんなさい。この日記には、神楽さんの悪口がいっぱい書いてあって、気分を悪くするかもしれません。でも、それほどまでに私はお母さんの事を愛していたんです。この気持ち、きっと神楽さんならわかってくれますね?でも、最後に言わせてください。神楽さんの事、次もし会う事ができたら、ちゃんと呼べます。『お母さん』と。

 ―3月3日―
 私の願いは、やっと天に届いたのでしょうか?今日は、昨日までの吹雪が嘘のように晴天です。
 もし、この白い美しい悪魔が、私を見逃してくれたなら、私は、私が経験した事をすべて伝えようと思います。雪山の美しさ、怖さ、そして私の家族の事を…。

私は今日、この山を降ります。
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