焦れ恋オフィス


そして、まだ何か気掛かりな事があるように振り返りながらも車に乗り込むと、
軽く片手を上げて

「じゃ、な」

そう笑った。

その顔はどこか寂しげに見えたけれど、きっとそう見えたのは私の願望に違いない。

私はふふっと小さく笑って手を振った。

それから夏基はゆっくり車を走らせて、大通りへ抜ける角を曲がって行った。

しばらくじっとその場でぼんやりとしていた私は、カバンの中の携帯が鳴っているのに気付いて慌てて取り出す。

【兄さん】

と表示されている画面に溜息を一つ。

「もしもし。……今日は行かない事にしたから」

『はぁ?来てちゃんと話しろ!お腹の子の父親の事も話せ!』

……いつもの事だけど、ガンガン自分の気持ちを言ってくる兄さんに、思わずひいてしまう。

普段なら、その勢いに負けて兄さんに会いに行ってると思うけれど、今日は誰とも会わずに自分の部屋でゆっくりしたい。
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