【完結】泣き虫姫のご主人様









 雨上がりの生暖かい外気。


 アスファルトのにおいが直に伝わってくる。


 そんな様子を保健室のベットで眺めながら、涙する一人の少女がいた。




「ひっ……っ……ぅぇっ……」





 別名“泣き虫お姫様”



 朝宮 澪《アサミヤ ミオ》


 涙腺が人の五倍は緩い中学三年生の女の子。




 澪は、何かあるとすぐこの保健室に駆け込んでくる、保健室の常連だった。




 そして今日も……。







 軽い音がして、ベットを仕切っている薄いカーテンが勢いよく開く。

 カーテンを開いた人物は澪の姿を見つけると、はぁっ……と深いため息をついた。



「朝宮ァ……お前、今度は何だ?」



「先生ぇ……っく……っ……」





 藍田 冬歌《アイダ フユカ》


 二十六歳の、保健医だ。


「泣くな!」


「でもぉ……っ…」


 少々男まさりだが、面倒見のいい先生である。






「……で?何があったの」


 冬歌は腰に手をあて、ため息をつきながら言った。



 澪はあふれ出る涙を拭い、冬歌を見つめた。



 澪が今日ここに来た理由。


 それは。





「コバミにふられたぁ……!……っ」




 同級生の小林 大輔《コバヤシ ダイスケ》通称コバミにフラれたからだ。



 事実を口にした瞬間、澪の瞳からまた涙が溢れてきた。


 そんな状態の澪を、冬歌はちょんっと人差し指で小突いた。






「あんた、また泣きながら告ったんでしょ?」






「だって……」


 “私、いっつも緊張し過ぎて泣いちゃうんだもん”



 そう言い訳をしながら、澪は下を向きうつむいてしまった。





「顔は可愛いくてもねー。可哀相に」




「冬ちゃん! それ、慰めてんのー!?」






「馬鹿にしてんの!」


 そう言って、冬歌はケラケラと笑った。



 この人は、本当に先生らしからぬ先生だと思う。





 それでも、こうして澪と対等に付き合ってくれる教師は少ない。



「冬ちゃんの馬鹿……」



「ははっ! ま、あたし職員室に居るから、なんかあったら呼びな?」



 そう言って、冬歌はニコリと笑い、保健室を後にした。




「うん……ありがと」



 冬歌が出て行った後の保健室は、ガランと静まり返っていた。


 放課後、保健室の扉を開く者は滅多にいない。



「……いーや、寝よ」




 澪は涙を拭いて、保健室のベッドに倒れ込んだ。






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