ユピテルの神話


感情を失う、
心をなくすという事…。

僕から僕が、
少しずつ消えていくという事。


「人間らしさ」…。
ただでさえ皆と僕は少し違うのに、同じ人間で居られなくなる様な気もしました。
彼らと僕の距離が、さらに広がってしまう様な気がして寂しかったのです。

心を完全に消し去ってしまうのは、怖かった。
しかし世界を…人々を苦しめる事は、それ以上に怖かったのです。


「僕の体から、心を切り離せば…大丈夫でしょうか…」

僕は自分の心から「怒り」という感情を取り出しました。


人間らしさを少しでも残せる様に、目の届く場所にこれを置いておきたかったのです。

目にすれば「あれは僕の心の一部だ」と分かるようにしておきたかったのです。


ふと見上げると、
何の表情も見せない紺色の暗い空がありました。


「…この心は、紺色の空に浮かべる事にしましょう。こんな心でも人々の役に立てる様に…、この夜空で星となり、その微かな光で人々を照らすよう…」

僕の言葉に導かれ、
「怒り」は光を放ちながら、紺色の空へと昇っていきました。


「怒り」と「憎しみ」。

空に2つの、
「月」が生まれました。

遠く、遠くから…
世界を照らし続けました。


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