魑魅魍魎の菊


春姉が部屋に戻るのを尻目にしていると、千影が優雅に歩きながらやって来た。



「何してんだストーカー」

「愛の徘徊と言え正影」



その毛皮を剥ぎたくなる衝動を押さえて俺は千影と向き合ったのだ。その翡翠色の瞳は今日も神秘的で綺麗だと思う。



(……ストーカー癖さえなければな)

それが全てを崩しているような気がする。世に恐れられる偉大な天狐がこんなんで良いのか。



「——またもや、不穏な動きを感じた」

「……菊花、なのか?」


ふと、口から零れてしまった本音。あいつは本当に何者なのか解らない「未知」の存在だ。

重々しくなる俺の心はどうしてこんなにも「菊花」が気になってしまうんだろうと考えてしまう。


目の前に映る景色が「真実」なのか。見える事が聞こえる事が真実。だが、見えない事も聞こえない事も真実であるから、この世は面倒なんだ。

入り組んだ迷路のように、解ける事無く絡まった糸なのか。




「…解らない。あの女子には"謎"が多すぎる」





俺はどうかしたのか?

あの女のことは今でも許せない、今後一切許す事も無いだろう。だが、それで本当に後悔しないのか。


それで自分が全うに生きられるのか。——どうしようもなく苦しい。



こんなことを考えてしまうのも、菊花のことを考えてしまうのも全て夏の暑さのせいにしてやる。そう、きっとそうなのだ。




「この地で"神狩り"が行われている」




それを聞くと、正影は先ほどの体堕落を忘れるほど勢い良く立ち上がり。
式神を取り出し「土地神を今直ぐ庇護しろ」と物の怪達に命令を下したのだった。


 
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