花が咲く頃にいた君と

売られたあたし

お爺さんの有無を言わせない雰囲気は、人生経験の差だろうか。


あたしは土曜日だというのに、セーラー服に着替え、ワインレッドのリボンを胸元に結んだ。


よそ行きの服なんてなかった。


いつもよれよれのTシャツと、ジーンズでこと足りていた。


けど今の雰囲気は、それを許さない。



燕尾服のお爺さんと、よれよれのTシャツ娘。


どうやったって釣り合いが取れない。



あたしは髪を結い上げ、数少ない荷物をまとめて、アパートを後にした。



アパートの前には黒塗りの車が停まっていた。


見るからに高級そうな車に、再び固まるあたし。


その横で、このアパートの大家のお婆ちゃんが箒片手に固まっていた。



「ふゆちゃん」

「おはようございます」

お婆ちゃんはあたしに気付くと優しい笑顔をくれた。

「まぁ、ちょっとお出かけに」


曖昧にしか答えられないあたしも、いまいち状況が掴めてない。


燕尾服のお爺さんは、無言のまま後部座席の扉を開きあたしに視線を向けた。


まるで視線で『乗れ』と言われているみたいだった。



「大家さん、さようなら」


あたしは呟くと、吸い込まれるように車に乗り込んだ。


車が静かに走り出す。



見慣れた景色を走り抜けて。


意味のわからないまま、絶対に入り込めない高級住宅街へ、滑り込んでいく。



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