ただ、声をあげよう。

おばちゃん

1945年8月


空襲警報が鳴って、ばあちゃん、25歳のよし子は美和と豊の双子を連れて防空壕に行く準備をしてた。


ほんとのじいちゃんの戦死の報はまだ家族のところには届いておらず、
今のあたしと同じ年のよし子は銃後を守る婦女子として2人を育てていた。


当時、家族が住んでいた家のそばには空爆の対象となる工場があった。

雲の間からB-29の大編隊が現れ、工場と民家めがけて焼夷弾の雨を降らせた。


たちまちのうちにあたりは火の海になり、ばらばらになって折り重なった物体は「かつて人間だった」だけで黒こげの炭だった。


またたくまに大火災が発生し、燃え上がった都市は煙を噴き上げて全てを焼き尽くした。


その煙は黒く、白く、山よりも高くあたりを真っ暗にした。


白昼の都市はもうもうと噴き上げる煙によってたちまち暗闇となった。

25歳のよし子は2歳の豊を背負い、同じく2歳の美和を抱いて外に連れ出そうとした。


その刹那。


焼夷弾が家族の住んでいた家を直撃した。


よし子は一瞬気を失った。


それは一瞬なのか、長い時間だったのか誰もわからない。


よし子が正気を取り戻したとき、よし子と背負われた豊は家の外に投げ出されていた。


つぶれた家の中からかぼそく子どもの泣き声が聞こえていた。


よし子は美和を抱いていないことに気づいて狂ったように家に戻ろうとした。


もう、黒い煙と真っ赤な炎に包まれて家は崩れさる寸前だった。


隣の家の人に腕をつかまれてよし子は無理やりその場からひきはがされた。

家から聞こえる泣き声がたった一瞬だけ大きくなって。

新たな焼夷弾の雨が振り家は跡形もなく崩れ去っていった。




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