テディベアは裏切らない




やがて、彼女は泣いた。

夏休みのまっただ中だった。呼び出された私は、突然頬を張られて――覚えているのは、痛みより、熱さだった。左の頬が、ジンジンと。

眦に涙を溜める彼女の第一声は、「返して」。

たしか――前の私を返して――どこかの木で――ひとりでいても平気だった私を返して――蝉が――物静かにしていても問題なかった私を返して――ミーンミーンミーと――返して、返して、返してよ――ナいていた。

聞けば、彼女は徐々に、三年生になったばかりの頃の自分に戻ろうとしていたらしい。私と出逢う前の自分が本当の自分で、今の自分は作りものだと思うようになって。そして、夏休みに友達と出かけた時、作りものの自分はやめようとしたらしい。積極的に話しかけるわけでもなく、ひとりで本を読んで、みんなの話に合う程度相づちを打って。言われたそうだ。

「ねえなんか暗~い。どーしたのぅ今日? 絡みづらいよー?」

まるで、ナイフを突きつけられたような気分だったと彼女は言う。彼女は慌てて本をしまい、作りものの自分を呼び寄せた。そして、みんなの輪に加わったらしい。なんにも悪くないと思いながらも、「ごめーん」と謝って。

返して返してと彼女は何度も私に言った。

せっかくできた友達を失くしたくない焦り。今の自分とあの時の自分、どちらが本物なのか疑ってしまう不安。あの時の自分に戻りたい、あの時の自分でも、受け入れてもらいたい願望。いろいろな軋轢と摩擦から、彼女は私を叩いた。
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