テディベアは裏切らない
けれど、疑ってしまう。

「本当に人、来ない?」

「来ないわよ。今のとこ、私がここにいる時、だれか来たことないもの」

「ほんとに?」

だれも行かない場所だとわかっているなら、ここは、レナちゃん以外の秘密の場所の可能性だってあるんだ。

「カップルとか、不良とか、来ちゃわないかな?」

「あはは、そんなン絶対来ないよ」

絶対なんてことはないと思ったけれど、彼女がするりとポケットから取り出したもので、納得した。

「正確には、だれも来なくなった、だけど」

「ふうん……そうっか」

カチカチ、カチカチ。音がする。カチカチ、カチカチ。彼女が親指一本で出したりしまったりするのは、およそ五センチの凶器。そして狂気。

カッターを片手に自分を傷つけている人がここに入り浸っているなんて知ったら、だれだって来なくなる。それかもっとわかりやすく、レナちゃんがその狂気と凶器で、ここへ来る人を脅したなら。

だれも、近寄らない。

私はしんみりした気分で、手を後ろ手に組んだ。レナちゃんの横には座らず、壁に凭れかかる。斜め上を見上げると、蜘蛛のいない蜘蛛の巣があった。埃まみれで、まるで羊毛をよっている途中みたいだ。
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