テディベアは裏切らない




「くおら森山あああああ!」

「うわああっ、青井先生っ、許してーっ、許してーっ、あはははっ!」

教室の外の廊下を、ユウちゃんと青井先生が駆けていく。ユウちゃんは足が速いから、青井先生のスリッパの音だけが、ずいぶん遅れて通り過ぎていった。

溜め息も出ない。そろそろ、この学年の名物だ。

ユウちゃんは今日も男子の制服を着ている。だから青井先生に追いかけ回される。

ユウちゃんはあの男子制服を、この高校を卒業した先輩の男子からもらったそうだけど、なんのために男装しているかは教えてくれない。でも想像はできてる。彼女は、自分を偽るのが好きなんだ。彼女は自分がどうすれば女の子になるのか、どうすれば男の子になるのか熟知してるし、それぞれの楽しみ方を知ってる。

なにより、彼女が男装をするのには、理由がある。私の口から語るようなことじゃない。また、彼女がとても『できた』笑みを浮かべるのにも、理由がある。それもやっぱり、私の口から語るようなことじゃない。口は災いのもと。私はそれをよく知っている。

すべてに、理由がある。

一ノ瀬レナのリストバンドにも。

森山ユウの『できた』笑みにも。

中崎壮馬が裁縫部の部長なのも。

すべてに、理由がある。

私が、私を見つめ続けなければならないことにも。


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