学び人夏週間



この日の夜、大浴場にて。

大きな湯船に浸かっているとき、私は込み上げてくるある感覚に堪えきれず、口を大きく開く。

「ふわあぁぁぁぁ」

大きなあくびである。

そんな私を見て、小谷先生がクスクス笑う。

「お疲れね」

私のあくびや彼女の笑い声が、エコーをかけたように響いている。

「なんか、今日は精神的にキツくて」

朝からずっと松野を気にしていたから、自分の仕事もなかなか進まなかったし。

「何かあったの?」

小谷先生は首をかしげる。

松野や飯島、そして松野の友達二人の誰も担当していない彼女は、事態に気付く由もない。

「松野が悩んでるみたいなんですよ。人間関係で」

「あー、あの二人とケンカした?」

松野が二人と仲がいいことは、小谷先生も承知している。

少ない言葉から全てを察してくれて助かる。

「……はい、そうみたいです」

私は苦笑いを浮かべながら頷いた。

「もどかしいけど、仲直りするのを待つしかないんだよねー。本人たちも私たちも、結構メンタル消耗するけどさ」

「松野、午前中は本当に魂抜けきってました」

「何があったんだろうね」

深くため息をついた小谷先生。

たぶん、飯島が関係している。

私がここで彼女にそれを告げれば、何か情報を得られたかもしれない。

しかし、告げなかった。

そこから恋愛の話に発展して、俊輔の話題を出されると困ると思ったからだ。

「勉強だけに集中してくれたらいいのに」

私が勤めている進学塾の子達のように。

「みなみ塾の合宿はね、一応勉強の合宿っていうことになってるけど、狙いは違うんだよ」

「塾なのに、違うんですか?」

「成績はあとからついてくるって考えでね。親元から離して自立心を持たせるとか、他人同士と長く生活することで、自分とは違う人の価値観を学んで人としての器を大きくするとか。まぁ、時にはケンカになったりもするけどさ」

例えば、松野たちのように。

そうか、松野たちは今、ケンカをして辛い思いをしながらも学んでいるのか。

みなみ塾では、学業だけでなく、人としての成長をサポートする。

だから勉強の部分がゆるくても、こんなに合宿の参加者がいる。

「生徒たち自身は、友達や好きな人が来るからとか、親と離れて羽を伸ばしたいとか、そういう理由で参加してるんだろうけどさ」

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