今日から執事


『Hello!the Anne residence.』


こちらが苛立つ程明るい声音で話しかけてくる。
早綺ははっとして携帯電話を再び握りしめた。
そういえば今の時間ロンドンは昼間なのだと思い出した。


「アン?久しぶり、早綺だけど」

『わぉ。早綺!
本当に久しぶりね。早綺から電話してくるなんて珍しいじゃない!どうしたの?』


相手が早綺だと分かると英語だったのが日本語になり、ついでに弾んでいた声音をさらに弾ませて、マシンガントークばりに話しかけてきた。

早綺はアンことアンネの質問を苦笑いで聞いていた。


「…うん。少し頼みたい事があるの」

『あたしに頼み?』


戸惑い気味に言ったのが効いたのか、アンも落ちつきを取り戻し、早綺は言葉を続けた。


「ある人の過去についてなんだけ…」

『嫌よ』


早綺が言い終わらないうちにアンからの拒絶の言葉が電話から伝わった。

だがそれでは困るのだ。


「そこを何とかお願いしたいの!アンがそういう依頼を全て断っている事は知ってる。
でも、私にはアンに頼ることしか出来ない…」


最後の一文は尻すぼみで電話の向こうのアンには果たして聞こえているのか分からない。
だが、早綺の切羽詰まった様子からただならぬことを感じ取ったのだろう。

向こうから諦めたにも似た溜め息が聞こえた。
そしてゆっくりとアンが話し始めた。


『ねぇ早綺。訊いてもいいかしら』

「うん」

『その人の過去を知ることは早綺にとって重要なことなの?』

「うん」

『なら過去を知って、早綺は後悔しない?』

「うん」

『例え知った情報がどんなに辛く悲しいものだとしても?』

「うん」

『…そう』


そこでアンは質問を止めた。

二人の間を駆ける、沈黙。

まるでアンが沈黙からこちらの意図を探っているような、そんな沈黙だった。


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