世界の説明書
病院のベッドで名子が目を覚ましたのは、その日の昼の二時過ぎだった。事故の知らせを聞いた正人は会社を早退し、嫌な予感を拭い去るかのように自家用車のセダンを猛スピードで飛ばして病院に駆けつけた。正人が部屋に入ると、明子は正人の胸の中に飛び込んできた。正人は弱々しく震える明子の肩を祈るように病室で抱いていた。
「マ、ママ、ママ、どこにいるの?」名子はゆっくりと目を覚ました。
「あああ、名子、名子、ママはここにいるわよ。 ああ良かった。どこか痛い所は無い?大丈夫?あああ、目を覚ましてくれて本当に良かった。」
「名子、名子、大丈夫か?パパも、パパも、ここにいるから。な、な。」
一緒に救急車で運ばれた意識不明の高校生は出血多量と脳挫傷の為、すでにこの世の人では無くなっていた。駆けつけた警察からその事情を聞いた明子達は、まさか、自分達の娘も同じように二度と目を開けないのではないかと心臓が止まりそうになるくらい恐ろしい未来予想図を描いていた。
「名子、パパだよ、判るか?どこか、痛いとこはないかい?」
「名子 名子、ああ、、神様、、本当に良かった、もう絶対にこの子を一人しません。この子から一瞬でも目を離しません。ああ、、、、本当に良かった。私、私、、」
と、明子は目を覚ました名子の声を聞いて、どっと押し寄せる安心感と全身を駆け下りていく脱力感の渦の中で崩れていった。