世界の説明書
 電燈の消えた商店街に止まっている一台の黒いハイヤーの中で、せわしなく首を上下させている女がいた。その女の隣りで、その女を無視するかのようにそっぽを向いて座っている男が、自分の父親だと気付くには1秒もいらなかった。何年も話していない身内は赤の他人と変わらなくなっていた。同じ血とか、遺伝子なんて、ライフスタイルで幾らでも変わってくる。二郎は心の底から自分の両親に感謝した事なんてなかった。空気のような存在だと思っていたし、目でしっかり見た事がなかった。コンピュターを覚え出した頃から、二郎は、一人で生きてきた。毎月自分の口座に振り込まれる小遣い以外に、親の存在を感じられる場所なんて無かった。今まで4回、二郎の母親は代わった。その度に煩わしい女が、二郎の部屋に意味も無い作り笑顔を浮かべながら挨拶に来た。なぜ、自分はその女達と話す必要があるのか、女の言葉でいえばお友達になる意味があるのか、二郎には全く理解できなかった。女達も二郎のそっけない態度に気付くと、泣きそうな顔をしながら部屋を出て行くのだった。しかし、中には、自分の美貌に自身があるのか、頭が悪いのか、しつこく二郎の部屋に食べ物やおやつを運んでくる女がいた。二郎が無視しようが、相手はいつも笑顔で、二郎君は寂しいだけだもんね、と二郎の身の上に同情していた。きっと彼女は優しかっただけかも知れないが、二郎にはうざったい者以外の何者でもなかった。その女も結局二郎の父親に捨てられ、ぼろ雑巾のような格好のまま家を出て行った。それから1年ほどは誰も家に来なかった。しかし、今回の女はどうだろうか。子犬の様な茶髪がやたらその女を幼く感じさせた。まあどうでもいい。さっさと気弱そうな、無能そうな警官を探さなければ、と次郎は今世紀最大の使命感に駆られながら町へと消えていった。
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