世界の説明書
すると、そこには誰もいない代わりに、隠し部屋のような、一見普通のコンクリートの壁にみえるが、よく見ると取っ手がついているコンクリート製のドアを見つけた。この中にまた、あの腰抜けのホームレスでも住んでいるのかと思ったが、住んでいようが、なかろうが、二郎の心は決まっていた。いれば追い出すか、全てが分からなくなるまで心を壊して遊ぶかだ。このトンネルの安全性を確かめるいい実験になると考えた。が、扉を開けてみると中には誰の気配も無く、ただ、鉄製の頑丈そうな灰色の椅子が一脚と、何枚かの埃を被った書類が散乱している鉄製の灰色の本棚が、統制が取れていない事が統制されているかのように自然に散らかっていた。誰かが住んでいるという気配はなかった。ただ、床にはぬめぬめとした液体がこぼれていた。二郎は慎重に辺りを見回した。鉄のすえた様な臭いがずっと鼻につく。錆びた本棚からの臭いなのか、それとも何年もここに閉じ込められた空気が、久々に出会う人間に対してあげている歓迎の香か。しかし、二郎は疑っていた。確実にここに生きている人間がいたと本能で感じ取っていた。しかも、このアンモニアのような臭いには覚えがあった。いつもの公園に住んでいる奴らと同じ臭い。セカイを無視し、無視されている己を嘆き、全ての不幸の原因を他人に求め、自らは泣き寝入りする事を容認する輩。奴らの一人がここに出入りしているな、だったらまずは奴らを使って実験をするべきだと考えた。どれほど音が外に漏れるのか、臭いがもれるのか、電気はまだ通っているのか、せっかくの美しいものも暗闇に中では存在の意味を成さない。部屋の片隅には、何かの工具も散乱していた。分厚いカラフルなゴムでコーティングされた銅線、床と一体化するほど錆びている大型スパナ、普段スーパーなんかで見るビニール縄のものすごく太い物、バット程の太さのある角材。