世界の説明書
自分で決めた物差しなんて、他人が作ったものでもあり、世間が持っているものとたいして変わらない。そして、自分の境遇をそれで計った所で、こっちより不幸、こっちより幸せ、位しか計れない。そこに、意味も無ければ、理由もない。正人は理由を自分で作り、自分で意味を持たせようと思った。自分で決めて、行動するのではない。理由が行動させるのである。だから、自分の生きている意味、その他世界の意味を決めない、後付として意味があるものとするのだ。たまたま、意味があった。たまたま悲しい事になったが、そこで負けずにがんばれた。だから、それが意味になった。こういう風に考えれば人生はとても楽しく、気楽なものになる。人間が、他の人間を裁けるほど有能だとは思わないが、少なからず全ての人間は他の誰かに助けられて生かされている。だから、そういった人々の為に、誰かの為に何かをしようと思う気持ちが今の正人には大切であり、それは名子に対して、会社の同僚に対して、近所のいつも掃除をしていてくれている老婆に対して、感じる気持ちであった。自分が出来る事を、出来る範囲で、誰かの為に使う事、それにより、自分が変わり、周りが変わり、世界は変わる。見せ掛けだけのセカイは私利私欲にまみれて共食いを始める。世界を変えるのは戦争を起こした大統領でも、大地震を引き起こした地球でもない、私達の世界を変えているのは、それによって悲しみ、傷ついた人々だ。