世界の説明書
壊れた柱


 明子の不幸は正人に相当のショックを与えた様だった。名子は静かに目を瞑っていた。明子の事件以降、毎朝正人は車で、名子を学校に送り迎えするようになった。名子は放課後は学校の先生に連れられ学校のすぐ近くにあるデイケアセンターで正人の仕事が終わるまで勉強したり、他の子供達と一緒に過ごしていた。名子は、毎晩正人が泣いているのを知っていた。父の嗚咽を毎日寝る前に聞くと、名子は母の声を心の中で思い出し、共に泣いていた。なぜ、不幸はこんなにも自分達を悩ますのか。正人は世界を呪いだしていた。そして、自暴自棄になっていった。。名子と二人きりになった事、最愛の妻が死んだ事、会社の事、自分の事、全てがが下らなくなってきていた。なんでも、どうでも良くなってしまっていた。いくら頑張って、真面目に生きていても、目に見えない不幸は平気でそういう人達を苦しめる。何も悪い事をしていなくとも、神は気まぐれで、自分達を痛めつけて、ぼろぼろにして、笑っている。正人はもう、何も信じられなくなっていた。酒臭い父親の横で、名子は徐々に崩れだす世界から目を背けていた。点字ブロックの道が創る名子の集積回路はショートしていた。
 父が壊れていく。
 名子はそれを静かに見ていた。父が話しかけてくれなくなった。私の目が見えないのが悪いと、名子は、全ての不幸の原因は自分にあるのだと信じ込んでいた。私さえ目が見えていれば、ママは死なずに済んだし、パパも壊れずにすんだと。全ては私のせい。私なんて死んだほうが良かった。パパは私よりもママに居て欲しいだ。私がいるからパパは悲しむのだと信じ込んでいた。全てが悪いほうに向かって加速していた。リビングの壁掛け時計の秒針が無意識に音を消した。静かな光がコーヒーメーカーのホコリを浮き立たせていた。テレビから垂れ流されていく笑い声がループしていた。名子が一人で抱えたひざ小僧が泣いていた。
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