世界の説明書
ただ、。なぜ、たった一人の家族に不幸の理由を押し付けていたのか、なぜ自分の弱さから目も背け、酒に頼り、独りよがりの誰にも読まれない心の小説に着色していたのか。正人は明子が死んでから初めて、自分の神経の裏に隠れていた感情が自分の胸の辺りの神経を圧迫するのを感じた。みぞおちの上の辺りがひりつき、失くしていた感情が一気に噴出した。そして正人は声を上げて泣いた。おいおい、声をあげ、嗚咽がでるに任せ、体をねじりながら、その場に崩れ落ちた。初めて目の前で聞く父親の嗚咽を、名子は静かに聞いていた。もし名子の目が見えていたら、正人の変化にもっと早く気付けたはずだと、名子は思った。父親は今、どんな顔をしているのだろう。まだ、名子の目が見えていた時同様に、明るくてユーモアに溢れた笑顔は今もそこに在るのだろうか。明子はこんな私達をどんな思いで見ているのだろうか。私は今、どんな顔をしているのだろうか。怖い、目が見えないのは怖い。克服したはずの恐怖心が名子に蘇ってきた。ママ、パパ、助けて。もうこんなのいやだよ、誰か私達を助けて下さい。名子は祈るように両手を胸の前で握り閉めていた。正人は決壊したダムのように涙を流し続けていた。。全てを洗い流すように、曇った心を浄化しようとするかの様に。亀裂だらけの心に唯一あった無感動の虚無感というガードが外れた今、彼の悲しみをさえぎるものは何もなくなっていた。全ての感情がその亀裂から溢れ出した。様々な思い出が脳裏をよぎった。三人仲良くしていた頃が、もうずっと昔のことの様に思われた。正人は名子を抱き、そして、何度も、何度も、「ごめん、ごめんな、、、ごめんな、、」と繰り返していた。