世界の説明書
 名子を学校に送った後、正人はさっきの一件のせいで仕事をする気が起きず、会社には「本日は体調不良の為休む」と電話た。正人のつらい境遇を知っている為か、普段は鬼ともいえるほど厳しい上司も二つ返事で了承してくれた。正人は久しぶりに、といっても二週間ぶりに明子の墓に花でも持っていこうと思った。夏の本格的な暑さの予感を、最近増えだした蚊が運んできた。ラジオからは、最近死んだPOPシンガーの偉大な歴史を、まるで自分の事のように話す若いインターナショナルスクール上がりの男性の耳障りな日本語が聞こえてくる。ら行の発音が、正人の癇に触った。ラジオDJなんて個性があるようで実は、みんな同じ様に聞こえるなとも思った。夢、あの男が言った言葉、夢、天使に殺して貰う事、天使が人を殺すのか、それに、天使なんて何処にいるのか、もし天使が人を殺すのなら、誰を殺してもらおうか、などと考えた。が、すぐに、くだらない妄想だなと笑えてきた。しかし、「夢、か、」と夢という言葉の響きの青臭さと、奇跡をも起こせそうな潜在能力の可能性を、この言葉から感じながら、「夢、自分の夢」と繰り返していた。
今乗っているこのセダンは正人の最初の夢だった。初めてのボーナスで買った物だった。
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