いばら姫





ゆっくり、道を渡った



―― 髪を高く上げ
ベージュのトレンチコートを着た女性客は
眼鏡の奥の目元を緩ませて
お婆さんから渡された
真っ赤なバラを抱える

指先を揺らし挨拶しながら、店の外へ


ヒールの音は、
前に停めてあった車の中へ消えて

新たに入って来たのは、若いカップル





「 うーん…
あのさ、岡田君

――こっちのバラと、そこのピンクのバラ
どっちが良いと思う?

部屋をさ、今飾り付けてるんだけど 」


首元をボアに竦め
腕を組んで覗き込みながら、
かなり真剣に悩んでいる




「――…コンセプトは何よ 」


「 そりゃもちろん、クリスマス期間だし
" Merry Christmas "じゃない? 」


「 …まだ少し早いし

―― しかもこの状況だと、俺達にとっては
" HARRY Christmas "になる 」



緊張しながら、そう答えると

ピンを幾つも留めた髪
頭の上にずらして掛けたサングラス
小首を傾げて、
水谷は、おかしそうに笑った



「―… ウマイ事言うね

ああ、このお婆さんは
『 黒い天使 』の相手役
主演、Board Canberra の奥さん
Juria Canberraさんだよ」


自分を紹介されたのが判ったのか
写真立てが幾つもある木机
レジが置かれている奥から
お婆さんは微笑んで、こちらを振り返る


水谷が耳元で何かを伝えると
嬉しそうに、俺の顔を見た



「 何、言ったんだ…? 」


「 "彼は、映画監督です"って 」



「 …… まだだろ 」


水谷はクスリと笑って

「 ―― 訂正ね

" ...The future " 」





「 ――… 水谷 」


「 ん? 」




「 ……アズは、―― 何処にいる 」





「 … 動けない様にしてある


この近くだよ … 行こっか 」









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