危険な誘惑にくちづけを
 いつの間にかあふれた、涙が視界を覆って。

 もう前なんか見ていられなかった。

 ただ、佐倉君の言う『裏切った』って言葉だけが、ガンガンと耳をふさいで、他の音が、ほとんど聞こえなかった。

 のに。

「さあ、春陽ちゃん。
 オイラにキスをして……?
 そして、終わりにしよう?」

 そんな、佐倉君のねこなで声だけが聞こえる。

 ……終わり?

 何の終わり……?

 こんな、道端で……

 ……佐倉君に拉致(らち)られているのが、終わってくれるの?

 それとも。

 紫音との、終わり……?

「春陽ちゃんが、前に進まなくちゃ、いつまでも『ソレら』はオイラの手の中だよ?
 春陽ちゃんは、とても美人だし、写真は刺激的だから。
 ネットでちょっと流せば、あっという間に世界中に広がったりして。
 ……それでも、いいの?」

「や……イヤ……っ!」

「じゃあ、どうすればいいのかな……?」

「……」

 そう。

 初めから、逃げ場なんてなかった。

 わたしは、あふれる涙をぬぐうコトもできずに。

 佐倉君に導かれるまま。

 最後の一歩を……








 ……踏み出すしかなかった。

 
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