危険な誘惑にくちづけを
 わたしの、そんな怯えが伝わったのか。

 薫ちゃんは、微妙な表情(かお)で佐倉君を図るように見た。

「……春陽ちゃんのクラスメートって……
 佐倉ちゃんも、パテシェの卵なの?」

「うん……えっと、パテシェの世界では有名なヒトの息子さんで……」

 怖くて、怖くて、でも薫ちゃんにも言えなくて。

 佐倉君との話に呆然と合わせていると、薫ちゃんがきいた。

「ふうん。
 その、パテシェって、誰よ?」

「風ノ塚 隼人さんって言うんだけど……?
 薫ちゃんも、知ってる?」

「……え!?
 風ノ塚さんの……!?
 本当に?」

 風ノ塚、って名前を聞いて。

 おさまりかけていた、変な緊張感がまた薫ちゃんを包む。

 ……なんで?

 ワケが判らないわたしに。

 薫ちゃんの独り言が聞こえたような気がした。

「風ノ塚さんの息子?
 全く、なんでこんなときに、音雪にとっては、因果なヤツが春陽の周りをうろうろと……」

「……薫、ちゃん?」

 その、小さくても苦い。

 あまり薫ちゃんらしくない、言い方に、わたしが首をかしげると。

 薫ちゃんは、低い声を出した。
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