ラビリンスの回廊
名を呟かれた当人は、ビクリと身体を強張らせ、静かに伏せた目を震わせた。
「申し訳、ありません……」
固く握り締めて白くなった両手。
決して深々とではなく、ただうなだれているように見える頭(こうべ)。
それが示すのは、心の底からの玲奈へ対しての謝罪であり、懺悔のようでもあった。
でも玲奈は、エマに対して怒りや憤りを感じてはいなかった。
玲奈が思い出していたのは、
初めて出逢ったときの、幾度も差し出された傘のくすぐったさ。
濡れそぼった自分を、いいと言うのにタオルで拭いてくれた生真面目さ。
ルクトたちがいなくなったときの、動転した彼女、だった。
そんな、エマの姿を瞼に浮かべながら、玲奈はやっと言葉を唇にのせた。
「もう、いーよ。
気にすんな、とは言えねぇけど……わかったから」
そう、わかったのだ。
自分が思い違いをしていたことが。
この旅は、『贄』の最後の願いだからではない。
エマがついてきたのは、監視としてではない。
それがわかっただけでも、なんとなく心のつかえが軽くなったような、そんな気がした。