AEVE ENDING







(―――神よ)


耳に木霊する声を、私は知らない。

泡にまみれた暗闇の中で孤独に手足を奪われながら、ただその声に身を任せていた。


『君には、務めがある』

これは、記憶だ。

(誰の…?)


『選択肢は、君に』

雲雀の匂いがする。
泡がまとわりついて、離れない。

(…あいつの記憶だ。ぐらぐらする)

気持ち悪い、重い、暗い。



『―――必ず、選ばなくてはならない』

これは雲雀に課せられた啓示だろうか。

(勝手に見たら、怒られる…)

あぁ、早く、目を覚まさなきゃ。
雲雀の記憶を、覗き見てしまっている。




『君が世界に絶望したなら終焉を』

―――けれど君が、この世界に希望を見たのなら。


『子を成し、次に引き継げ』


救われるのはどちらか。
君にはわかるだろう?



『君に、彼が救えるか』



いたい。

くらい。


(いた、い…)







「…、」

目を覚ますと、辺りは薄闇だった。

滑らかなシーツの感触が肌を擽る。
それから包帯の感触も。

(…夢を、見てた)

忘れてない。

大事な夢を、見ていた。


見慣れた天井。
雲雀の部屋だ。
そんで、私のベッド。

差し込む光は恐らく、発光する雲のもの。


(あぁ、夢…)

雲雀の記憶を盗み見したのか。

無意識に。



『選ばなければ』

雲雀は、天に選ばれた人形だから。

『破滅を選ぶか、救済を選ぶか』

―――それは神の、采配か。







「…起きた?」

緩やかに響く、静かな声がした。
横たわったままの倫子がゆっくりと視線を巡らせば、背を光に照らされた雲雀が立っている。

なんて曖昧な輪郭だろう。

(…今にも消えそう)




「だいぶ安定してきたから、養生室から移したよ」
「……なにを?」
「君を」
「…あぁ、」

そうだ思い出せば、確か。


(桐生が現れて、…だから)

未だ夢から覚めていないのか。
くらくらと惑う薄闇に目眩がする。


(生きてる…、私)

けれどまだ、あちこちが痛む。
安定したとはいえ、全快ではないらしい。

「…痛むの?」

雲雀の端正過ぎる顔が、倫子を覗き込んだ。
雲雀もまだ全快というわけではないのか、白い服の隙間から覗く手足には包帯が垣間見えている。





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