AEVE ENDING







「出ていけ」

倫子が苛立ちを露にして雲雀に言い放つ。

ロビンの言葉を未だ反芻しているのだろう。
怒りを抑え込むように赤くなった目尻を眺めながら、それでも雲雀の足は動かない。


「出てけよ」

そんな雲雀に尚更の苛立ちを感じたのか、先程よりずっと低く声を抑えて彼女は言った。

それでも出ていく意思など微塵もないのだから、雲雀の立ち位置は変わらない。

倫子を追い、彼女の部屋に入り込み、そしてその苛立ちをぶつけられて。

以前の雲雀なら、今すぐにでも倫子をぶん殴って黙らせていただろう。



「…っ出ていけ!」

悲鳴染みた声が上がる。


(僕の好きな、橘の音)

なんだか久々に聞いた気がして、もう一度言わせてみたくなった。

やはりドアの前に立ち、動こうとしない雲雀に倫子の眉尻がみるみるうちに上がっていく。
眉間にもしっかり刻まれた深い皺を撫でてやりたくなりながら、ふと鼻孔を擽る匂いに意識が逸れた。



―――香の匂いだ。

「橘」の花の、香りに似た。




「…、」

その正体に気付いて、倫子の苛立ちが移ってしまったかのように雲雀の深部に湧き上がる不快感。
神経を研ぎ澄ませば、部屋中に満ちているその香りの所在に苛、とする。

しかし、倫子がそんなことに気付くわけもなく、動こうとしない雲雀に相変わらず腹を立てているらしい。
八つ当たりとわかっているのか、なんとも形容し難い表情を浮かべて。


(…それにすら、苛々する)

「彼」には、笑みを向けたのだろうに。





「早く、出ていけよ!」


ガシャン!

とうとう癇癪を起こした。
近くにあったカップを薙ぎ倒し、こちらに背中を向けてこの場から去ろうとする。

行き先は、恐らく浴室。
頭を冷やしたいのだろう。


(―――でも、駄目)





「うわっ」

こちらに向けられた襟首を後ろから握り締め、乱暴に引き寄せた。

勢い良く雲雀の懐に引き寄せられた倫子は、喉を締め付けられて、押し殺したような声で鳴く。

雲雀の胸に当たった背中が、逃れようと震えた。





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