AEVE ENDING





もがいて離れようとする。

それを牽制するように、雲雀は倫子の着ていたシャツに爪を立てて破り棄てた。


「…っ、い」

糸が切れる音と、薄い布が肉に食い込む感触。

憐れなほど華奢な音を立てて床に落ちたシャツをそのままに、その傷だらけの体を後ろから抱き締めた。

抱擁に慣れていたわけじゃないのに、妙に懐かしくなる。

鼻先を首筋に埋めて、その香りを覚えるように呼吸を停めた。



「…、っひば、り!」

やめろ、と精一杯の虚勢を嗤う。

醜い皮膚を露にした小さな罪人は、あまりにも非力だ。


「ねぇ、橘」
「…っ、」

肩口に歯を立てて肉を舐めてやれば、その脚から力が抜けていくのがわかる。
それでも当然強ばったままの体は、獣に喰われるのを待っているかのように美味しそうだ。


―――食べたい。

震える皮膚を見れば、舌の奥が疼いた。



(…でも、まだ)

もっともっと怖がらせて怖がらせて、恐怖におののいたまま、食べてあげなきゃ。


「…ひ、」

首筋を通って耳朶に唇を寄せて、毒を吐き出す。

あぁ、彼女の自尊心をぼろぼろに傷付けてしまいたい。


(…僕は莫迦だ)


―――自分は彼らに妬いている。

唐突に理解したこの不快な思いの真相。

けれどわかったところで、この盛るような火が消えるわけもなかった。

今はただ、この腕の中の壊れ物を、二度と再生できないくらいに徹底的に壊してしまいたい。

もとより手のうちにあるこれは、僕の物だと。


―――ねぇ、橘。




「…鐘鬼は招き入れるのに、僕はダメなの?」

不愉快な香は、鐘鬼のものだ。

彼が好む香―――「橘」の花。



「僕からは逃げ出したくせに、元は敵だった鐘鬼には、心を開ける?」

それも、君に焦がれるような男に。


「……」

倫子は微動だにしなかった。

震えているのは何故か。

怒りか悲しみか不快かやるせなさか。


「…ねぇ、橘。ロビンにも愛想を振り撒いて、一体どうするつもり?」

思ってもないことを言う。
腕の中の兎は、相変わらず震えたまま、動かない。



(ねぇ、橘)

ロビンと同じことをしてあげる。




「君は誰が好きなの」



―――さぁ、君はどう出る?








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