AEVE ENDING






―――かつて私を容赦なく苛んでいた血が、今はどこかありがたかった。










「…まちぃ?」

目覚めてすぐ、雲雀がネクタイを締めながら街へ行かないかと誘ってきた。

今日は久々に迎える静かな休日で、倫子は剥き出しの手足をベッドの上でだらりと曝したままぼんやりと繰り返す。


「…つったって、外出禁止じゃん」

まだもやもやとする頭で、倫子は隠しもせず大あくびをした。
どこか上の空のその様子に、雲雀はなにを思ったのか、器用に片眉を上げて見せる。




―――桐生が死に、あの夫婦が街から追放されてから半月あまりが経とうとしていた。

事実上の「敵」がいなくなり、平和そのものの日常を過ごしていたが、倫子は気分がいまいち晴れなかった。

胸にかかるもやもやした感情を、完全に持て余している―――。



「起きるのメンドイ…」

真鶸は相変わらず可愛いし、雲雀も十回中一回くらいは優しく接してくれる。

けれど、晴れない。




「あー…」

理由はわかっていた。

憎しみの対象が、あっという間に倫子が生きる人の道から消えたことがいけない。

ずっと憎み続けて生きるつもりだった。

雲雀という男に、桐生という男に、あの美しい夫婦に、もう関わることなく、この小さな箱舟の中で、純粋な憎悪を抱いてただ過ぎるだけの人生を送り、そして死ぬ筈だった。

醜いこの体には、それがお似合いだと思っていたのに―――。






「…橘、聞いてるの?」


それなのに、こいつがこんな風に覗き込むから。

綺麗な暗闇の目が、真摯に、真っ直ぐ見つめるから。


「…きいてなかった」


―――憎しみが消えて、人生の座標すら失ってしまったかのようで。


「もう」

その手が触れることに、喜びを感じている。
じわりと胸の奥で小さな火が灯るような、幸福。


―――それなのに、歩むべき先がない。




「邸を整理するために、真鶸と戻るんだよ。君もついてきたら」
「…あぁ、申請してたんだ」

ゆっくりと起き上がり、少し醒めた頭で考える。

昨夜、互いに抱き合った名残りがまだ色濃く残っていて、正気では少し気恥ずかしかった。





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