AEVE ENDING
―――パァン!
狭い通路に、いやに乾いた音が響き渡った。
あまりに良く響いたその衝撃音に、立ち尽くしていた真醍は目を丸くしている。
「…くたばれ」
雲雀の頬を思い切りひっぱたいた張本人は憎々しげにそう吐き棄てて、そのまま殻にこもるように俯いてしまった。
俯いたまま、今気付いたかのように乱れていたシャツの襟元を整える。
(…泣いたのか?かーわーいーそー…)
そんな倫子の旋毛を見下ろし、真醍は雲雀に視線を遣った。
長い前髪に隠され目は見えないが、赤くなった左頬を左手で抑え、口許は満足げに微笑んでいる。
思わずマゾ、と叫びそうになった真醍を、不意に遮ったものがあった。
ザ…。
ザザ…。
『───相変わらず凶暴な試験体だ。のぅ、橘よ』
低く嗄れた声が、どこからともなくノイズ混じりで通路に響く。
「―――…、」
その声を耳にした途端、俯いたままの倫子の体が大きく跳ねた。
思わずそれを支えてやりながら、低い天上を仰ぎ見た。
「…なんだぁ?」
どこかにスピーカーがあるのだろう。
反響する声は聞きづらいが、確かに。
「…名指しだよ、橘」
無表情の雲雀が、俯いた小さな頭に視線を流す。
その一言に、倫子はゆっくりと顔を上げた。
青ざめた表情が、まるで放心したかのように、焦点が合っていない。
「…アレは、誰?」
雲雀の冷ややかな声が響く。
スピーカーの「男」を警戒しているらしい。
「…研究者の、ひとり」
倫子は胸の奥の奥から震える声を出して、答えた。
その言葉に、真醍がぴくりと反応する。
「名前は」
「…知らない」
唇に噛みつき、なにかを必死で抑え込むその表情は痛々しい。
なにを、隠しているのか。
少し、ほんの少しだが、真醍にもそれが気になってきた。
『―――そのような卑屈者を相手にしては耳が腐れますぞ。我々のことが気になるならば、こちらへおいで下さればよい』
再び響いた男の声と共に、壁だと思っていた場所がキィと音を立てて開き、光が漏れ出た。隠し扉。
「…どうすっべ」
罠である確率は高い。
しかしここでじっとしているわけにもいかない。
指示を仰げば、雲雀は悩むことなく開かれた扉へと足を向けた。