AEVE ENDING






甲板にてそんな闘いを繰り広げている二人を、船首から眺める男が一人。

奥田たきお。変態保健医、二十七歳、独身。

(…あらまぁ、仲良くなっちゃって)

どれだけギスギスしてるかと思えば。

企み通り、滞りなく進む自分の思惑に、思わずほくそ笑む。



「―――奥田先生、男を収容し終えました」

同行させた箱舟の用務員が奥田にそう告げた。
勿論、彼が言う「男」とは島の地下で発見された研究者のことである。

「……ご苦労サン。じゃあなにも喋らないように猿轡でも噛ましといて。あ、生徒は全員乗った?」

奥田のそれに用務員は静かに頷くと、船の操縦室へと引き返していった。
再び奥田の視線は、雲雀に殴られている倫子へと移る。


「…全く」

(お前のタフさには呆れるよ…)

本来なら同じ空気を吸うことも、言葉を交わすことも顔を見合わすことも、なにもかもが不快である筈なのに。

(それとも雲雀に、…それだけの価値があるってこと?)



「…みちこぉ」

―――ほら。

呼べば、すぐさまこちらに駆け寄ってくる。
訝しみながら、それでも根が素直すぎるこのガキを可愛がり始めたのはいつからだろう。



『奥田、助けて…』


渇れ果てた声がなにを望んでいたか、なにを厭うていたかなんて、俺にはわからないくせに。

「…奥田?」

どちらにせよ、もう後戻りはできないのだ。
こちらを見上げるいたいけな小娘の目を見返しながら、奥田は小さく微笑んで見せた。

―――その笑顔を見て、やはり出来損ないだと倫子が思ったことを彼は知らない。
奥田は思慮深いひたむきな眼を倫子に向けたまま、深く深く溜め息を吐く。

(…そうだ、決断は間違っていなかった)

そう想うのは身勝手な自己満足か、はたまた自己陶酔か。

きっと、どちらでもない。

―――それならば、今更迷うなど、当事者の二人に失礼だ。



「倫子ぉ、大事な話がある」

なにを省みることなく変化を求めたのは、誰の為でもなく。

(…最低な男だよ、なぁ、倫子)

例え行き着く先が皮肉であろうと、醜悪で虚無であろうとも。

もう引き返すことなどできはしないのだから―――。







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