AEVE ENDING






「―――そんな口汚い生き物に、君が傾倒する価値があるのかね?」

教壇に腰掛けている桐生が、さも不愉快だと口許を歪めて見せた。

その白濁とした底に歪む澱んだ声に、倫子は苛立たしげに顔を上げる。

傷を負った頬は痛々しいが、まだ、その生意気な熱は消えない。


(―――あぁ、…)



「その無礼な視線が、酷く不愉快だ…」

消え入るような声には、明らかな疲れが色濃く含まれる。

「…橘を傀儡にしたのは、貴方にとってもリスクが多かったらしい」

疲労を露わにする桐生に、雲雀は喉元を鳴らす。
倫子は倫子で、不可解だ、と言うように眉を寄せた。

ふたりの様子に、桐生はふ、と口角を上げる。



「…もう、若くはないよ」

君達のようには、ね。





―――彼らと同じ歳の頃。

人類初のアダムを祖父に持つ桐生にとって、世界は残酷なまでに美しく気高く、穏やかだった。

「君達にはわからないだろう…。我々アダムがまだ非公認だった頃、この世界はあまりにも醜く、そして歪んでいた」

ヒトの手によって落ちるところまで落ちたこの麗しい星は、それなのにヒトという蛆虫を未だその腹に囲いこみ、自ら自壊の道を辿ろうとしている。

「美しかった土地は渇れ果て、空は雲が覆い、光という光はすべて失われて、」

我々人類の胎盤である海洋は、先の大戦による生物兵器により死の界となり、命の起源は渇れ果てた。

(―――全ての希望が、命が、果てて)




「今はまだマシになったほうだろう。あの頃は、食べ物ひとつが我々の命を左右した時代だ」

―――毒を孕む果実はいつだって、我々の傍に溢れていた。


「最近では多少は美しいといえる世界になったものだが…、この星を変えたのは、人類ではない」

我々気高いアダムが、この星を救うために血肉を削っていた事実は今でも変わらない。


「―――だが、政府が我々に下したのは」

陽光がずるりと引き込まれた。
雲が更に厚くなったらしく、外は薄闇に支配される。




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