AEVE ENDING
「…り」
聴覚を擽る潮騒と雑音。
浮上する意識がどこか曖昧なのは。
(―――あぁ、夢を見ていたのだっけ)
「雲雀?」
緩やかに掻き上げられた前髪と、躊躇いがちに額を撫でる指。
すぐ近くに感じる気配は思いの外心地好く、そんな自分に驚いてしまう。
「…雲雀」
呼ぶ声すら躊躇いから独りごちて、小さく囁きながら額を撫でていく指腹の凹凸に、やはり穏やかになっていく心中に内心で舌打ちした。
人ひとり分の大きな窓枠に腰掛けたままうたた寝していた筈だ。
その窓枠に手を着いて、額を肩に擦り寄せてくる不躾な小さな獣。
こちらが眠っている(と信じている)のを良いことに、体に腕を回し抱き着いてきた。
仄かに香る血臭に耽り、しかしすぐさまその体の暖かさに墜ちていく。
(…温もりなんか知らなくて良かった)
望みすら、しなかったというのに。
「雲雀」
こちらの胸に頭を埋め、こちらの心臓に擦り込むようにして囁かれる声色に。
(…愛しさなんか、知らなくて良かった)
そんな生温いもの、邪魔でしかなかったのに。
それなのに、確かに、この小さく歪な暖かさに抱くものは。
「…橘」
たった今、目覚めたかのように装う。
開けた視界は既に暗闇と化し、図書館の灯りは落とされていた。
真横に張られた硝子を通して差し込む、雲に覆われた夜空特有の仄暗さが倫子と雲雀を照らしていた。
「…はよ」
起床したこちらに一瞬驚きはしたものの、密着した体を離すことなく綻んだ相手に目を丸くした。
離れないどころか、回る腕の角度は深まり額をこれでもかと胸に擦り寄せてくる。
(そんなに冷たくしたかな…)
金色の客に妬いた結果とはいえ、闘いの後の不安定な倫子にあのような態度を取ったことを少しばかり後悔する。
蟻の目玉ほどの、後悔ではあるが。
―――不安にさせただろうか。
否、あの程度で感じる不安など大したものではない。
「随分と、甘えるね」
悪くないけど。
胸中で呟いて、床から背伸びするように抱き着いているその体を抱えた。
大人しく膝の上におさまった倫子を同様に抱き寄せながら、促すように首を傾げれば。
「…、いなかったから」
躊躇うように洩らした言葉は、迷子になったこどものようで。