AEVE ENDING






暗闇の中に墜ちる無様な影は幾度も旅をし、さ迷い、そうして泡となり消えていく。

(永遠の底に、)








「朝比奈ぁ」

背中に届けられた間延びした声に、呼ばれた張本人、朝比奈雛は歩調を緩めずそちらを見た。
背中越しに睨んだ背後には、見慣れた赤毛のパートナーの武藤である。


「あんまさっさ行くなよ。迷うぞ」

スラックスの両ポケットに手を突っ込んだ状態で一歩大きく踏み出して、朝比奈と並ぶ。
そんな武藤を横から睨みつけながら、朝比奈は歩調を速めた。

「余計なお世話ですわ。早く担当の区域を破壊して皆のサポートに回らなくちゃなりませんの!」

アダム候補生精鋭をメンバーにしているとはいえ、この実践型セクションは危険過ぎる。

旧文明の「高層ビル」とやらは今やただの憐れな骸骨と化し、その巨大さに皆息を飲むほどだ。
これをアダムの能力だけで文字通り解体消滅させ、この建物の下に埋まる汚染物質を取り除き、科学班が開発した海水浄化機器の設置を行う。

今までにない規模の、より実践に近いミッションである。

雲雀の次席に位置する朝比奈、武藤といえど、油断はできなかった。


(…それに、天候も芳しくない)

この建物が沈むのは、陸から五十海里離れた場所だ。
この辺りは刻や時期を関係なく、荒波が立つエリアなのである。

波が高いということは、風も強い。
先程から、この骸骨の空洞を抜ける風が嫌な声で鳴き続けていた。

下手をすれば、落下する者も出てくるかもしれない。

重力能力を使えたとしても、この強風の中、冷静に対処できるかどうか―――。



(やはり、監視に回らなければ)

朝比奈自身は西部箱舟高等部の会長である。
重責も義務も、痛いほどにわかっていた。


(…生徒は、わたくしが守らなくてはなりません)


そうして先程から緊張しっぱなしの朝比奈を、武藤は唇を尖らせて見ている。

凜と浮かぶ華奢な背中は今にも薄闇に融けていきそうで怖い。





< 948 / 1,175 >

この作品をシェア

pagetop