恋時雨~恋、ときどき、涙~
「真央は、気にしすぎなのよ。耳が聴こえないこと。健太さんは、全然、気にしてない」


今度は、順也が言った。


「本当は、出掛けたいんだよね? 健太さんと」


この時ほど、自分を鈍感だと思ったことはない。


「我慢しなくていいよ。それじゃ、真央の気持ちがかわいそうだよ」


順也に言われて気付いたわたしは、慌てて鞄を開いた。


いつも、必ず持ち歩いている小さなメモ帳と、ボールペン。


それを握り締めて、わたしは病室を飛び出した。


入院病棟の廊下は長く、突き当たりにエレベーターがあった。


エレベーターを待つ健ちゃんが、そこに居た。


走って、背中を叩けば、間に合うかもしれない。


わたしは、走った。


でも、あと数メートルでその背中に届きそうな時、エレベーターがこの階に停まった。


わたしは、一世一代のカケに出た。


持っていたボールペンを、思いっきり、健ちゃんの背中に向かって投げた。





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