恋時雨~恋、ときどき、涙~
静奈の唇が「真央」と動いたのが見えた。


「私、短大やめる。東京に行く」


わたしは、手すりから身を乗り出した。


〈どういうこと? 順也とやり直すために、今日、ここに来たんじゃないの?〉


静奈はフードの中で首を振った。


手話をする静奈の右手には、今日もあのシルバーリングが輝いていた。


「最後に、どうしても順也を見たかったから。見れて、良かった。もう、心残りはない」


微笑む静奈を見て、わたしは中島くんの言葉を思い出していた。


中島くんのお姉さんの話だ。


風俗の世界から抜け出せず、今はどこに居るのかも分からない。


わたしは焦った。


静奈も同じになってしまうんじゃないだろうか。


わたしが手話をする前に、静奈が両手を動かした。


「ばいばい」


わたしは立ちすくんだ。


はけていく観客たちに紛れて、静奈も立ち去って行く。


健ちゃんが、わたしの背中を強く叩いた。


「ぼけっとしてる場合じゃねんけ。静奈ちゃんのあと、追い掛けろ」


健ちゃんは乱暴な手話をして、手すりから身を乗り出した。


それでも、わたしは動けなかった。


ショックの衝撃が大きすぎた。


わたしは、無心状態で、健ちゃんの唇ばかりを見つめた。



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