恋時雨~恋、ときどき、涙~
振り向いたのは、静奈だった。


静奈は、健ちゃんに反抗しながら睨み付け、何かを叫んだようだった。


でも、すぐにハッとした顔をした。


順也が、静奈を呼んだらしかった。


静奈のミステリアスな目に、透明な涙が滲んでいる。


わたしは、息を呑んだ。


順也は耳が聴こえるし、話すこともできるのに、それを一切しなかったからだ。


順也は唇を噛んだまま、手話を始めた。


静奈に向かって、優しい優しい手話をした。


「初めてだったんだ」


静奈は涙をこらえながら、順也の優しい手の動きを見つめていた。


「誰かを想って、一晩中泣くくらいの恋をしたのは、初めてなんだ」


静奈は口元を両手でふさいで、うつ向いた。


わたしは、順也の肩を叩いた。


〈手話じゃなくて、声に出せばいいのに! 言葉を、声にすればいいのに〉


手話なんか、まわりくどいだけじゃないか。


順也は小さく首を振って、わたしに微笑んだ。


「声ってね、意外と無力なんだ」


わたしには、その意味が全然理解できなかった。


わたしが順也なら、手話なんていうまわりくどい事はしない。


想いを声に出して、相手に真っ直ぐ伝えたい。


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