恋時雨~恋、ときどき、涙~
亘さんの目は血走っていた。


怖い。


わたしはとっさに健ちゃんの後ろに隠れた。


健ちゃんの背中の服を掴んで、顔をうずめた。


怖い。


怖い。


亘さんが、怖い。


でも、亘さんに腕を引っ張られて、健ちゃんと離されてしまった。


「何、その態度。悲劇のヒロインのつもり?」


と、亘さんは冷たく笑った。


違う。


わたしが首を横に振ると、亘さんは詰め寄ってきた。


「いつも、そうやっておどおどしていれば、助けてもらえると思ってるの? あつかましいね。ほんとに」


いつもなら、ゆっくり、わたしが読めるように唇を動かしてくれるのに。


今日の亘さんは、違った。


凍てついた冷たい無表情で、わたしを睨み付けながら、果江さんよりも早口だ。


だから、途中から見失ってしまった。


亘さんの言葉を見失ってしまった。


分からない。


わたしが首を横に振ると、それが亘さんの怒りに触ったらしい。


「都合の悪いことは聞こえない、読めないって、便利なんだね」


胸が痛かった。


違うのに。


そんなつもりじゃないのに。


「亘! やめろ」


わたしをかばいながら亘さんの肩を叩いた健ちゃんを、亘さんが押し飛ばした。


「お前もさ、いい加減に目覚ませば?」


そう大きな口で健ちゃんに怒鳴ったあと、亘さんはわたしの両肩を掴んだ。


「果江に、何を言ったんだよ! 何か興奮させるようなことしたんだろ!」


亘さんは興奮した様子で、わたしの体を前後に激しく揺すり始めた。


違う!


やめて!


わたしは、何度も何度も首を横に振り続けた。


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