恋時雨~恋、ときどき、涙~
わたしには、抵抗する気力も言い返す気力も、もう、何も残っていなかった。


ただ、つめたい床に立ち尽くすことで精一杯だった。


足がすくむ。


頭のてっぺんからするすると、魂のようなものが抜けていくような気がした。


涙さえ出ない。


わたしは、ただ立ち尽くした。


静奈も、まるで人形のように感情を失ったように立ち尽くしていた。


背後には健ちゃんが居るのに、振り返る気にさえならない。


今の健ちゃんの表情を見る勇気が、わたしには無かったのだ。


その時、順也が車椅子をすうっと走らせて、亘さんの正面に回り停まった。


順也が、何かを言ったらしい。


亘さんが、眉毛をぴくりと動かした。


その亘さんの背後に居た静奈が、唇を噛んでそっとうつ向いた。


その瞬間、順也は両手で車椅子の手すりに体重をかけ、一気に立ち上がった。


危ない!


そう思った時、順也は倒れ込むように亘さんを巻き込みながら、冷えきっている床になだれ込んだ。


順也は亘さんの上に馬乗りになり、肩を抑えつけると、一度だけ、たった一度だけ、亘さんの右肩を拳でひと突きした。


「順也!」


そこに飛び込んで行ったのは、健ちゃんだった。


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