恋時雨~恋、ときどき、涙~
いつもなら、我先にと真っ先に玄関に飛び出して行くくせに。


やっぱり、へんだ。


仕方ない。


水道を止める。


お客さんを無視するわけにいかないし。


様子がへんなのは、疲れているからなのかもしれない。


春になって仕事が増えて、毎日、残業で帰りが遅いのだ。


もしかしたら、寝室へ行ってゆっくりしているのかもしれない。


わたしは急いで玄関へ行き、ランプのスイッチを切りながらドアを開けた。


初夏のみずみずしい雨の匂いと一緒に、


「助かった」


と切羽詰まった様子の静奈が飛び込んで来た。


どうしたの?


とわたしが訊く前に、静奈は白いパンプスを脱ぎながら、一緒に両手も動かした。


「もう限界! トイレかして」


ああ、そういうことか。


少し呆れて、こっそり笑った。


「コンビニのトイレ、混んでたの」


今日は、順也と映画を観に行くらしい。


今、迎えに行く途中なのだそうだ。


ところが、急にトイレに行きたくなり、通り道にあったこのアパートに駆け込んできたのだ。


「借りるね」


小花をまんべんなく散りばめた柄の、すとんとした黒いワンピースが可憐に揺れる。


トイレに駆けて行く静奈を笑いながらキッチンへ戻り、わたしは洗い物の続きを始めた。


静奈と順也は、相変わらず仲良しね。


不意に、ため息がもれる。


それにしても。


問題は、健ちゃんだ。



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