世界の神秘(短編)
「……そんな目するなら、吸ってよ。あたし、怖くない。血を吸われるのは気持ち良いって聞いたし。」



 俺が一体どんな顔をしたというのだろう。この女はそんなことを平気で言ってのけるから、よく驚かされたものだ。こいつなら、車に跳ねられて瀕死の危機に陥っても、自らの傷口から吹き出す真紅の液体を俺に差し出して言うんだろうな。“ほら、あんたの好きなもの。やっと飲めるわね”って、甘い微笑付きで。

 彼女が求めているのが、吸血されることによる恍惚でないことは明らかだ。その焦げ茶の瞳は、何処までも嘘をつき続ける。俺の前、だけで。



「気持ち良くなりたいんなら、いくらでも抱いてやる。一度や二度じゃ満足できないのか?」

「そうじゃないわ!あたしを恥女(ちじょ)みたいに言わないで!!」



 怒りが勝(まさ)った瞳で叫ぶ彼女。潤みを帯びたその目は、何処までも俺を貪欲にさせる。離したくないと、思わされてしまう。



「……分かってるよ。お前は俺を生かそうとしてるんだろう?馬鹿な女の思考なんて筒抜けなんだよ。」

「ば、馬鹿って言うことないでしょ!?あたし、必死に考えてっ……」


 徐々に水分が豊かになる焦げ茶の瞳。そんな顔をさせたい訳じゃない。ただ、俺を嫌いになってくれさえすれば良いんだ。二度と顔なんて見たくないと、そう思えるくらいに。
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